京子さんからの投稿 「老い」

   現在70歳を過ぎた私。小さい頃から負けず嫌いで、この歳になってもそんな性格は直らない。今は老いに対して負けたくない。でも、相手(老い)は走って近づいて来るし、追いつかれまいと私も更に速く走る。食事、睡眠、運動、おしゃれといった日々の生活を楽しみ、ねばならない、の義務感からではなく、やりたい事を楽しんで実行している。幸い今は、身体のどこも悪くなく、イケメンの先生に胸をときめかせながらダンスを楽しんでいる。そんな話は以前、からたち関西にも投稿したけれど、当時のワクワクした気持ちがまだ続いているのが何より嬉しい。
   ところでつい先日、関西17期生が昨年暮れにお亡くなりになったと聞いた(合掌)。ショックだった。20年前にガンと向き合い始め、それをきっかけにポジティブに色々な事に挑戦し始めた彼女。自分を大切にしながらも周囲に優しい気配りのできる、そんな素敵な女性だった。私のダンス発表会を見にこられ、その着物姿は今でもハッキリと覚えている。
    これもまた最近、同い年の近所の女性も認知症になってしまった。多彩な趣味に携わりながら活躍してきたのに、会うたびに症状が進んでいる。素敵な女性だったのに、と思うと胸が痛む。
   人は誰しも死を免れることは出来ないが、認知症にだけはなりたくない。いいえ、絶対にならないぞ‼︎
   ある一流アスリートが言った、好きな言葉。
「やることはやりました。だから怖くない」、
私もそんな死を迎えたい。

6 thoughts on “京子さんからの投稿 「老い」

  1. 人生100年時代・・・がやって来ます。2017年9月の統計によると100歳以上の人は全国で6万7824人です。WHOによると、日本は健康で過ごせる期間を示す健康寿命が 74.9歳で世界一。これから さらに延びるとされています。
    食品メーカーからは 大人用粉ミルクが発売され 売れ行きも好調だそうです。人生100年時代へと 備える動きが
    広がっています。昨年 私も 古希を迎え  古来稀なりといわれた長寿期に突入しました。18期生の 古希の会も
    琵琶湖で盛大に開催されました。あの高校時代の躍動感を覚え、楽しいひと時でした。皆さん 老いを感じさせず、
    心身共に健康でした。人生経験をつんで 歳をとってから経験すると若い頃とは 違った感動 喜びを見つけ出します。
    また、わかったつもりでいたことが ぜんぜん違う角度から実感でき 学ぶおもしろさを覚えます。
    心のときめき わくわく感じるのも ステキです。
    70歳代・・・。よけいな荷物は背負わず シンプルを心がけて 生きて行きたいと願う今日この頃です。

    1. ガーベラ 都子さま
      う~~~ん たいへん共感しました!
      特に 『余計な荷物は背負わず シンプルを心掛けて生きて行きたい』 最たる同感です。

      ちょっとした身体の不調にもどこかでビビリながら大丈夫の筈と言い聞かせつつ
      親しい友の突然の訃報にオタオタ揺れて自身の最後が迫り来るような焦りと闘う日々となる。
      仲良しとの明るい会話やひと工夫加えた食卓で新鮮な喜びが抱ける時もある。
      夜眠る前には今日一番嬉しかった事を思い出して笑顔を取り戻すように心掛けている積もりだけど。

      しかしそれにしても最近の寒さ、肩に力を入れて眠りにつくようで起きる時には肩が凝ってます。
      もしかしたら歯もくいしばって寝てるのかしら?←原因不明の歯痛時、歯科医さんが言うセリフ。

  2. 京子さん、足が長いので老いに追いかけられても逃げられていいですね。足の短い私は立ち止まって、「老いを追い返して」います。主治医のないのが贅沢な悩み。ただし、京子さんのように明るいところで鏡は見られませんが…

    散歩コースの川べりの桜の樹、蕾が開きかけ!
    春はすぐそこですが、金沢の雪の映像を見ると、雪を見たくて金沢が一番恋しい時です。金沢の皆様、不謹慎でごめんなさい。

  3. 京子さん
    Mt.蔵王です。昨年、二水関西支部総会でお会いして以来ですね。溌剌とした貴女は、さながら「老い」と戦うジャンヌダルクのようですね。勇まし過ぎて少し心配です。私もウォーキングや太極拳で骨と筋肉を動かし、自分が読みたい小説を自分で書いて脳トレをしています。ただ、目的は「死ぬまで元気でいたい」であって「老いたくない」ではありません。友人の元二水生はこの考えをPPK(ピンピンコロリ)と呼んでいます。
     年をとると哀しいことが増えて来ますが、他者の痛みが我が事のように分かり、心の奥が深くなり、人間的な魅力が増すように思われます。父が私の顏を忘れた時は哀しかったのですが、遠方にいたため盆と暮れにしか親を訪ねなかった親不孝を心で詫びました。父亡きあと母も私を訪問医と思い、丁寧にあいさつされ哀しく思いました。友人は「そんな時は黙って診察を始めるのがいい」と言いますが、できませんでした。晩秋のある日、大学時代の親友から電話があり「難病のため京大病院に入院する。もし1年間電話がなかったら合掌してほしい」と言われました。翌年の晩秋が過ぎ、さらに雪が降っても電話がありません。絶え間なく降る雪を見上げながら、合掌しました。

    1. 早々に返信ありがとうございます
      誰でも公平に歳は重ねていきます
      決して 歳をとることがいやでないです
      反対に 今が一番幸せ!
      客観的に自己分析 子供の頃から体をつかうことがすき 勉強きらい 素敵な方に憧れ
      おとなになれば 内面磨きも
      と思ってしたね
      三人の子育てと夫優先の生活 自分のことは二の次
      子供のお陰でいろんなことを学びました  そして今 元々好きなことが出来る私 それで 元気で暮し
      こんな幸せななことないとおもってます
      この歳になれば かっこつければ つけるほど こっけいになる あるがまま (素) になることが素敵でないかしら だからと言って 相手の気持ちを考へないで わがままでは
      そうおもってます。

      貴方は カッコつけてるとおもったら 教えてね
      背伸びして似合いもしないかっこしてたら。

  4. 京子様

    「老い」に対する負けず嫌いはどんどん発揮して良いのではないでしょうか?
    そんな京子さん、ステキです。真似れたらいいなぁ~と秘かに念じて拍手です。

    それよりも今回は大切に思っていた友の死を一緒に悲しんで下さる存在でもあると知って感謝です。
    彼女とはこの関西同窓会発足時に初めて知りあいこの18年間親交を深めて来ました。
    同窓会以外でも京都や大阪で時折ランチしたり何か催しがあると互いに誘い合って出かけたり、
    近年では金沢の同期会に一緒にサンダーバードで出かけ下堤町あたりの新しいホテルで同宿して
    同期会、2次会、夜の金沢までを楽しみました。
    帰りの車中も語り合っているうちに京都に着いたって言う感じ。
    これからますます心を開いたお付き合いを深めていけるのだと思っていましたのに。

    過日同期のホームページに投稿しましたら 親鸞聖人の『白骨の御文』からの引用として
    「我や先、人や先、今日とも知らず、明日とも知らず」
    と云う言葉を教えられてとても慰められました。

    いずれは誰もが通る道で、時間差こそあれみな同じって言う事?
    あれれ?そしたら慰められている場合ではなかったのでしょうか?
    その時は慰められてたのですが・・・京子さんの力強いお言葉に感心してたら
    ちょっと分からなくなってしまいました。

    ひとまずは今日一日の良かった事を数えてお風呂タイムとします。

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